長野県内の生協のさまざまな活動・事業を紹介します。

活動報告

3.11を忘れない  みやぎ生協から被災地・宮城のいまをお伝えします 

~地域再生に向けて 2~

また来たい、また住みたい ― 交流観光で南三陸町ファンを拡大

 

被災した沿岸部は食や海遊びの観光エリアでもあります。2014年の沿岸部の観光客は483万人で、まだ震災前の6割弱に留まり、以前の活力を取り戻すには至っていません。

南三陸町は震災前から教育旅行などの観光事業に取り組んできた経緯から、2014年観光復興推進計画(観光特区)の認定を受けました。

観光特区のテーマは「南三陸町~また来たい、また住みたい~地域づくり」です。「また住みたい」のフレーズには、観光事業による地域経済の活性化・雇用の創出を通じて、町外へ避難した住民が“戻ってきたい”、若者が“定住したい”と思えるような魅力あるまちをつくっていこうという強い意志が込められています。

実際、震災を機にまちへ移住してきたボランティアの若者や故郷のために働きたいと戻ってきた住民がいて、良い先例となっています。

「観光を通じて海、山、人が一体となった南三陸町の魅力を発信していきたい」と南三陸町産業振興課の菅原大樹さん。漁業体験、林業体験、民泊体験などまちの観光プログラムはすべて漁業者や農家をはじめ地元住民の手によるもの。「あの元気な漁師さんにまた会いたい、そう言って再訪してくれるような交流がこの町にはあります」。

震災後、南三陸町には延べ10万人ものボランティアが訪れました。まちではその「縁」を地域再生の活力につなげていくため、「南三陸応縁団」活動をスタート。ボランティアに来てくれた人たちに応縁団に参加してもらい、町民との交流を通じて南三陸町ファンを増やしていこうと考えています。「ボランティアに来てくださった方々の力がなければここまでくることはできなかった。そのご縁をずっとつないでいきたい」。

ボランティアで訪れたまちを今度は交流のために再訪する、そんな新しい観光のあり方が、被災した地域の復興を支える力になります。


会報ねっとわぁく240号

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第5回長野県協同組合フェスティバル2015実行委員会を開催しました

10月16日(金)15時00よりJA長野県ビル11階図書資料室(長野市)において、第5回長野県協同組合フェスティバル2015実行委員会が開催され、JA長野中央会、JA長野信連、JA全農長野、JA長野厚生連、長野県生協連、長野県森連、長野県労金、長野医療生協、東信医療生協、労協ながの、コープながの、県労働金庫、㈱アド・ユニティーより21名が出席しました。 続きを読む


2015年度第3回介護福祉部会を開催しました。

10月6日(火)13時00分より、長野県高齢者生協研修センター(長野市)にて第3回介護福祉部会を開催し、長野医療、コープながの、東信医療、上伊那医療、高齢者生協、全労済ウィック、及び事務局の10人が出席しました。 続きを読む


3.11を忘れない  みやぎ生協から被災地・宮城のいまをお伝えします

 

 

第26回2015年10月5日

~地域再生に向けて~

時間の壁と向き合いながら進めるまちづくり

 

被災した市町では地域再生に向けた新たなまちづくりが進んでいます。どの地域も、人口減少問題を抱えるなか、個々の地勢や地域資源を活かした計画を策定し定住を呼びかけているのが特徴です。

津波で家屋の9割が被災した女川町は、山を切り取って高台に宅地を整備し、造成で出た約700万㎥の土を平地に盛って新たな市街地をつくっています。嵩上げした国道が防潮堤の役割を担い、中心部には役場や学校、病院、商店、観光施設などが集約。宅地をほぼ2キロ圏内の高台に分散配置することで、景観と安全、生活の利便性を確保しています。ことし3月には女川駅と女川温泉「ゆぽっぽ」の営業開始を機に、「まちびらき」を行ないました。

「まち」の様子がたびたび報道されることもあり、女川町は復興が早いと見られています。しかし復興の指標の一つである災害公営住宅完了戸数は「4年半、一生懸命取り組み続けて

きてもまだ3割程度」と、我妻賢一さん(女川町復興推進課課長)は焦燥感をにじませます。山の掘削、土の運搬、盛土と一連の造成作業に時間がかかるためですが、宅地の完成を待ちきれず「まち」を出ていく住民もいます。震災前は1万人強だった人口は現在約7,000人にまで減少しました。

高台移転や利便性の高い市街地づくりは住民に「希望を持っていただくためのもの」ですが、時間の壁が立ちはだかります。

さらに「街並みだけでは定住してもらえない。そこに心がないと…」と我妻さんは言います。そこで、住民のなかから“まちの心をつくる”様々なリーダーが育っていくよう、女川町は

「まち活」プロジェクトに取り組んでいます。また高台の住宅地では早い段階から「まちづくり」参加の機会を設け、コミュニティ形成を図っています。

「女川は面白いまちになると興味を持ってもらい、住民同士の絆が深まれば、人口流出にも少しは歯止めがきくのでは」と我妻さんは期待を口にします。

「まちづくり」も「人づくり」も緒に就いたばかり。被災市町は時間の壁と向き合いながらこれからも厳しい道を歩いていかなければなりません。