長野県内の生協のさまざまな活動・事業を紹介します。

活動報告

被災地支援活動

みやぎ生協から被災地・宮城のいまをお伝えします

画像:日和山からの眺望

第58回2018年6月5日

災害援護資金で生活再建を果たした利用者に寄り添う

 

災害援護資金(※)は、自治体が被災者に対し、生活を建て直すための資金を貸し付ける制度です。東日本大震災では、多くの被災者が制度を利用して生活再建を図りました。一方、昨年から償還(返済)が始まったことで様々な課題も浮上してきています。

石巻市は7年間で3,049世帯に約64億円の貸付を行ないました。1世帯当たり約210万円の貸付額です。返済は6年の猶予期間を過ぎたところから始まり、償還期間も借りた時から13年以内と決まっています。

石巻市生活再建支援課は、「納期を待たずに繰上償還をするなど、できるだけ早く返そうという動きがある一方で、“返せない”と言う方々も顕著化してきている」と話します。

“今の生活のなかで返していくのは難しい”といった相談が毎日寄せられることからも、まだ生活再建が終わっていない人や少ない収入で暮らさざるを得ない人が多数いることが分かります。

返済には一定額を年賦あるいは半年賦で納付する2つの方法が定められていますが、石巻市は経済的に困窮している利用者が一度に大金を用意するのは難しいだろうと考え、早い段階から月1回返済の少額償還を取り入れました。またコンビニ収納や口座振替など少しでも返しやすいように環境を整えています。

回収には相応のコストがかかります。また、貸したお金が返ってこない場合は、市が立て替えて県と国に返済をしなければなりません。「利用者の返済を免除するという方法もあるが、自治体としては借りた方と借りなかった方の間の公平性を保つことが重要。“減免になるならあの時借りておけばよかった”と不公平感を抱かれないように十分に注意したい」。

返済が困難な利用者への対応、長期にわたる回収の取り組み、行政としての公平性の確保。課題は山積ですが、市の生活再建支援課は、「災害援護資金を使い、やっとの思いで家を建てた方々が“お金を返せないから家を売る”とならないようにしたい。民間の貸付と違って福祉的な要素もある制度。最低限の生活だけは何とか維持できるような形で進めたい」と利用者に寄り添う姿勢を崩さずにいます。

 

※世帯主の負傷や住まい損壊で困窮した被災世帯に対し生活再建のために最大350万円を貸す制度。東日本大震災では無利子(保証人無しの場合は年1.5%)、償還期間13年(据置期間6年あるいは8年)等の特例が適用された。


みやぎ生協から被災地・宮城のいまをお伝えします

ステッチガールズ

第57回2018年5月5日

手仕事を事業として続ける難しさ

乗り越えるため新しいことに挑む喜び

 

東松島ステッチガールズがデンマーク刺繍のクロスステッチの製造販売を始めて、ことしで4年になります。きっかけは震災後、刺繍の先生でもあるタレントの岡田美里さんの呼びかけで始まったワークショップです。手仕事は女性たちの収入になり、心の励みになりました。活動を支えていた東松島みらいとし機構は2014年、刺繍を仕事として続けていきたいという女性たちの賛同を得て事業化を図りました。現在、作り手は25人。東松島市はもちろん石巻市からも参加があります。

事業を続けるには経営の安定が求められます。不安はないかという問いに、事務局の東松島みらいとし機構の芳賀朋子さんは「今、まさに不安です」と答えます。

「復興支援で買っていただく時期は終わりました。また刺繍は工業製品のように大量生産ができない。労働力と価格のバランスが取りにくい製品の価値を、分かった上で購入していただくことの難しさを実感しています」。

作り手さんたちは図案に添って一針一針丁寧に糸を刺し、商品を仕上げます。納期もあれば検品もあります。間違いがあれば修正をかけます。その労力に見合った収入を得られればいいのですが、なかなかそうはいきません。

刺繍以外の収入源を確保するため、東松島ステッチガールズは昨年からオリジナル刺繍キットやビショップ(刺繍を施したワンピース)キットなど、商品の幅を広げました。作り手の伊藤早苗さんは、東松島ステッチガールズの魅力を「自分の作った物が売れていき、オリジナルの商品を開発できる喜びがあること」と話します。

東松島ステッチガールズの活動拠点は仮設商店街の一画にあります。「復興の進展に伴って、ここも撤去する予定です。今後集まる場所をどうするか、活動の形態をどうするか、これから考えていかなければなりません」(芳賀さん)。

東松島ステッチガールズには「東松島を刺繍のまちとして広めていく」という大きな夢があります。震災を契機に生まれた夢を震災の風化で終わらせないために、芳賀さんや伊藤さんたちはこれからも前向きな気持ちを分かち合いながら事業を進めていこうとしています。


3.11を忘れない  みやぎ生協から被災地・宮城のいまをお伝えします 

女川ファクトリー店内

第56回2018年4月5日

被災地で起業して7年

「事業体としてもっと強くならなければならない」

 

7年前、被災地で起業による地域再生を目指した人たちがいます。農水産物の六次化、コミュニティ形成といったそれらの事業は、震災で浮彫りになった過疎化や高齢化、経済縮小など地域の喫緊の課題と深く関わるものばかりでした。

震災前から女川町のまちづくりに関わっていた湯浅輝樹さんは、被災後の女川の惨状を見て絶句しました。「働く場所を失った漁業者はこの先どうなるのだろう。何か、新たな仕事をつくり出さなければならないと思った」と当時をふり返ります。

4月、湯浅さんは仙台の木工クリエイターと一緒に、女川で「小さな復興プロジェクト」を立ち上げました。借りた倉庫に木工機械と原材料を持ち込んで地元の人を雇用し、魚の形の木工品「onagawa fish(女川フィッシュ)」を作って販売したのです。震災直後の起業は明るい話題としてメディアに採り上げられ、商品は飛ぶように売れました。作り手は被災した人たち。「買ってもらうと勇気が湧く」と喜び合ったそうです。

被災地で生まれた復興商品の多くはいま、“支援”から“ニーズ”へと局面が変わりつつあります。「一部の方々は現在も応援の気持ちで購入してくださっているが、一方でどんなに良いモノを作ってもニーズが無ければ商品は売れない。いまそこで苦労している」と話します。

人々から震災の記憶が薄れ、復興が進むにつれて、厳しい状況に直面することも増えました。「女川町のまちづくりに覚悟を持ってのぞんでいる」という湯浅さん。社名「株式会社onagawa factory(女川ファクトリー)」には、木工品・革製品・食品のものづくりで新しい女川の文化を発信していくとの思いが込められています。「厳しい状況は続くが、このまちに事業を残していくには、事業体としてもっと強くならなければならない」と決意を新たにしています。

◎(株)onagawafactoryの商品は「とうほくてしごとカタログFUCCO」vol2(P13-14)でご紹介しています。

http://www.miyagi.coop/support/shien/handmade/


3.11を忘れない  みやぎ生協から被災地・宮城のいまをお伝えします

ピースジャム佐藤さん

第55回2018年3月5日

職場で一緒に子育てができるから、安心して赤ちゃんを産むことができた 

震災で、沿岸部は人口減少が加速しました。気仙沼市では震災前年より人口が8572人減少し(※)、少子化が一層深刻さを増しました。

「子どもの数が少ないので親同士がつながる機会も少ない。特に震災直後は母親が育児で孤立しがちだった」。そう話すのは、気仙沼市のNPO法人ピースジャムの代表、佐藤賢さんです。佐藤さんたちは震災発生翌日から乳幼児を持つ母親へ、ミルク・オムツなどを届ける活動を始めました。日々生きることで精一杯だった母親たちに変化が見えてきたのは、5月頃です。「“夫が震災で離職した。自分が働きたいが働ける所がない”“子どもを預けないと働きに出られない”“将来、この子をどうやって育てていったらいいのだろう”といったように、子育てと就業に関する悩みが多くなりました」。母親たちの不安は地域の育児コミュニティが十分に整っていないことの証でした。

佐藤さんたちは「お母さんたちが一緒に子育てしながら働くことができるような場所をつくろう」と考え、公民館の一室をキッズルームにして、地場の野菜・果物を原料にしたジャム製造・販売事業に乗り出しました。翌年にはロンドンからの支援で知った子育て万能布ベビーモスリンの縫製も開始。さらに2014年にはジャム製造室と縫製室、キッズルームを備えた新工房を建設し、子連れで働ける環境を充実させました。働き方はゆるやかで勤務シフトは子育ての状況に合わせて自分で決めます。

ピースジャムでは7年間で15人の赤ちゃん誕生を祝いました。母親たちは、安心して産むことができた理由を、“ピースジャムには先輩ママもいれば初産のママもいて互いに頼りあえる。子どもの成長を職場のみんなで見守っていけるから”と話すそうです。

「ピースジャムで働きたいと待機しているお母さんたちは20名ぐらいいるのですが、売上の規模が小さいので今は雇用を増やすことができません」と佐藤さんは言います。

復興支援を目的にした被災地の商品購入は年々少なくなっています。事業運営に厳しい状況が続くなか、佐藤さんは「ジャムもベビーモスリンもきちんと流通に乗せ、売上を増やしてお母さんたちの雇用拡大につなげたい」と意欲を見せます。

※2015年国勢調査

◎NPO法人ピースジャム公式HP http://peace-jam.org/

 


3.11を忘れない  みやぎ生協から被災地・宮城のいまをお伝えします

石巻増田会長

                               第54回2018年2月5日

復興公営住宅、家賃上昇に不安

「家賃を払いきれないようになったら、恥ずかしがらずに生活保護の手続きをした方がいいですよ」。石巻市のぞみ野第二町内会長の増田敬さんは、住民にそう話すことがあります。
復興公営住宅の入居者のうち政令月収(※1)8万円以下の低所得世帯は、国の「家賃低減事業」で家賃が低く抑えられています。5年間は少ない負担で住むことができますが、6年目から少しずつ上がり、11年目には一般の公営住宅と同じになります。
宮城県の復興公営住宅入居世帯のうち約7割は政令月収8万円以下の低所得世帯で、その多くは高齢者です。 続きを読む